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BOOKs
とっくに廃版。もう売ってないね

  • 「ファイルメーカーPro3.0 一目瞭然」
    私、書いたあるな。
    BNN出版 ISBN4-89369-467-7 定価2.900円(本体価格2.816円)    

開発した実用プログラムもあるでよ        


以下は最近読んで特におもしろかった本に対する書評・感想(新読順)。私の場合、本はあまり買わない。図書館通いの毎日。読むのは、ほとんど物理学の理論書あるいは航空・宇宙関係及びテロ・サバイバル関係ばかりナリ。

  • New! 「悪魔に仕える牧師 〜なぜ科学は神を必要としないのか」
    リチャード・ドーキンス著 垂水 雄二:訳
    早川書房  ISBN4-15-208565-7


    「利己的な遺伝子」で知られるドーキンスのエッセイ集。

    面白かったのは、「宗教」というモノも、ある種「心に巣食うウィルス(コンピュータ・ウィルスも同等なものとして)」なのではないか?という説。(「心のウィルス」より)

    また、カトリック、プロテスタントを問わず存在する「『奇跡』に関する宗教的な意義」の問題に対する新しい見解。
    ここではユダヤ教のラビが、中国産のメントールに含まれるコウシャー(ユダヤ教で食べることを『神』に許された「適法な」食材)について悩む逸話やアメリカでかなり一般的な「テレビ伝道師」を例にあげているんだが、それは、彼らは自らの信仰の深さを追確認するためにわざわざ困難な事項(信じられないようなことを信じたりする一種の苦行)を自らに課しているのではないか?というもの(笑)

    信仰に盲目になるその代わりに、皆がひとりひとり物事を論理的に考え、他人を思いやる想像力を持つことのほうが遥かに私達にとって大切なのだという結論は、健全な科学的思考からの当然な帰結だと思うんですよ。
    というわけで、当然というか科学者には無神論者が多いようなんだが、ドーキンスの宗教否定(攻撃?)は中でもかなりトーンが強いほうかも知れない。
    彼らドーキンスやカール・セーガンといった啓蒙者たちは、宗教が科学の領域内にずかずかと踏み込んで来て「信じてもよい理由と信じてはいけない理由」を不明瞭にしてしまうことに対する危惧、そして秘蹟や奇跡をすべからく宗教的な宣伝のために使う(そうしたモノは世慣れない人々や子供といった聴衆には極めて効果的なのデス!)ことが社会に与える悪影響、そうしたことに対する警鐘を鳴らしているわけだね。

    その他、実娘への書簡という形をとって幼い子供たちへ問いかける「信じてもよい理由と信じてはいけない理由」や、たいへん素敵な教育を実践したオーンドル校のサンダーソン校長を紹介する「危険な人生を生きる喜び」などなど、科学者らしい示唆に満ちた興味深く面白いエッセイが満載の、万人にお奨めの啓蒙書。
    (July 21, 2005)

 

  • 「光速より速い光 〜アインシュタインに挑む若き科学者の物語」
    ジョアオ・マゲイジョ著 青木 薫:訳
    NHK出版  ISBN4-14-080841-1


    アインシュタイン方程式によれば、物質があれば時空は曲がり、その曲がった時空の曲率はエネルギー密度に比例する。
    ここで登場する比例定数の中に光速が使われてあるのだが、ここでビッグバン初期にこの光速が「もし」変化していたらと考えると、これはエネルギー保存則を否定することとなり、ほとんど全ての既知の物理法則の解体(あるいは時間とともに物理法則が進化することを許す?)を意味する。
    もはやインフレーション理論は、ビッグバンの過程において必要なくなってしまうのだ…

    アインシュタインの相対性理論を否定するだなんて!
    そんな、一見馬鹿げたアイディアであるVSL理論("Varying Speed of Light" あるいは "Very SiLly")の紹介を通じて、真摯な学術探求の場としての物理学とはこういうものだという世界観と、理論物理学研究の現場における実際が生き生きと語られて興味深い。
    (June 7, 2005)

 

  • "PREY" / Michael Crichton
    AVON BOOKS  ISBN0061015725


    中坊の頃、初めて読んだ洋書がマイケル・クライトンの「アンドロメダ病原菌( "The Andromeda Strain" )」というSFだった。
    人工生命、遺伝学、生物行動学とナノテク技術に題材をとったこの新作は、「アンドロメダ病原菌」と「ジュラシック・パーク」を足して2で割った感じでまさにマイケルの人の大得意分野。

    図書館から借りて読む書物の数が、年間かるく150を超える借り本の虫な俺である。
    ついに物理学とサバイバル/テロリスト関係の棚(んなもん無いけど)の目ぼしいものを読み尽くしてしまい、トム・クランシーを通じて洋書に手を出したのが一昨年くらいか。 この一年で30冊は読んだと思う。
    忙しい俺様の読書タイムは主に、週に三日片道30分の新宿仕事の行き返りの電車の中に限られる。 なもんで、最初の頃は一冊読み終えるのにひと月ほど必要としていた。(中には数ヶ月もかかったのもある) それがこのところでは読書のスピードもどんどん速くなってきて、得意な分野の内容でありさえすれば(まあ、好きな分野の本しか読むわけないんだけど)ある程度の速読も効くようになってきた感じなのだ。 (翻訳ものなら文庫本は3時間で一冊読みきる)
    実は 面倒くさくて辞書をひくのが嫌いで、知らない単語に出くわしても一応こんな感じの意味だろうと想像だけしておいて全て読み飛ばすという読み方だ。
    ただし、その判らぬ同じ単語が10回も出てきた場合には調べてその時点でもう一度読み返す。
    これを繰り返していると結構読めるようになるもんで(笑:もちろん内容による:苦手な経済や政治の話題だと、まるまる一章まるで内容がとらえられないこともある)、その上達ぶりには自分でも驚くほどなのだ。
    この人の文体はわかり易いこともあり(中学生でも楽しく読めた位だったのだし!)、楽しみながら3〜4日で読み終えてしまった。

    いくつか前に読んだフレデリック・フォーサイスの短篇集も面白かった。イギリス英語で文体も硬く難解であったが、なによりも物語・小説としての面白さに脱帽。

    好きこそものの上手なれ。
    (March. 16, 2004)

 

  • 「宇宙のエンドゲーム」 THE FIVE AGES OF THE UNIVERSE
    フレッド・アダムス+グレッグ・ラフリン著 竹内薫:訳
    徳間書店 ISBN4-19-861549-7



    著者達は、最新の宇宙論研究の成果を基に、この宇宙の誕生に始まり我々の太陽のような星 の一生、そして銀河の一生、果てはこの宇宙の終わるまでの歴史と未来の予測している。 そのタイムスケールは、なんと十の百五十乗年!

    この「十の百五十乗年」というのが実際どれくらい大きい数かというと、例えば数学的な表記を用いずに書くとこんな感じになる。―――

    1,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000年
    (ははは、ゼロの数、合ってるだろうか?数え直して確かめる気も起きない・笑)

    いずれのシナリオにおいても、いずれ(途方も無く遠い未来のことだが)はこの 宇宙はどんどん冷えていって熱的死という状態を迎えるかあるいは「ビッグク ランチ」と呼ばれる超高熱状態となってその寿命を終えるという一見救いのない悲観的な結末が予想されている。 しかしこの途方もないスケールをも越えて宇宙の歴史と進化の可能性を考えてみれば、そこ には新たな宇宙の産まれる余地、もしくはこの私たちの住む宇 宙そのものが更にもっと大きな宇宙の辺境の一部である可能性が見えてくると云う。

    この広い宇宙においてさえも、ある星が、例えば我々の地球の ように知的存在を育むことができる環境に恵まれる可能性は非常に低いと予想 されている。この不思議さを、わたしたち人間が存在しているからこそこの宇宙があると説くのが「人間原理」と呼ばれるひとつの考え方。考え方としては確かに面白いが、どう にも傲慢に聞こえてしまうところが難点である。 しかし、もしこの宇宙が、多くの形をとり得る「多宇宙」のほんのひとつだと したら、もしもっと大きな宇宙のほんの一部だとしたら、そのような奢り高ぶった 「人間原理」を必要とする余地はないことになるのだ。

    「全ての政治家を宇宙ステーションのような場所へ連れてゆき、宇宙からの地 球の眺めを見させるべきだ。」という名意見がある。 国境や人種、民族や宗教などの違いによって争うことのなんと偏狭なことか。 このちっぽけな存在である我々が、そこまで大きな視点で物事を見られるよう になったということ自体、驚異といえるのかもしれないのだが、俺はそうした人類の叡知というものに大いに期待しているのである。人類はもっともっと賢くなれると。そして賢くならねば我々に未来は無いのだ。
    (June. 28, 2003)

 

  • 「宇宙は自ら進化した」 The Life of the Cosmos
    リー・スモーリン著 野本陽代:訳
    東京書籍 ISBN4-14-080548-X



    またまた野本さんの訳本。どうやら、この方と俺とは「宇宙論と量子力学」という興味の点でとてもよく一致してるらしい。

    ビッグバンで始まり膨張を続ける宇宙モデルでは、「ビッグバン以前」の時間について考えることは無意味だし、いずれ熱的平衡死の状態を迎えた後について考えるのも、これまた意味の無いこととなってしまう。
    そこにおいてリーは、ブラックホールの事象の地平線の向こう側で新たな「宇宙」が生まれるとし、さらに、この「宇宙」 を産みだした究極の理論を「神」などの外からの力に求めず、宇宙そのものを生態系に例え、それ自身の自己組織化により進化してきたものとする仮説を持って、希望ある未来への展望を語る。

    ライプニッツに色濃く影響を受けるリーであるが、「軽やかな宇宙」という彼独自な言い方に象徴されるその世界観は、これからの物理学をニュートン物理学から完全に決別させ新たな方向へ発展させようとする力と希望に満ち溢れる。 この書はまさに、人類への賛歌である。

    またまた素晴らしい本に巡りあっちゃったな。素敵!
    (Oct. 19, 2002)

 

  • 「見ることと信じること」 SEEING AND BELIEVING
    リチャード・パネク著 伊藤和子:訳
    東京書籍 ISBN4-487-79665-2


  • もうだいぶ昔のことだが、ホンモノの龍を見たことがある。
    台風の去った後後の海上を高台から眺めているうちに、西の空から東へ向かって鶴のような形をした雲が流れて来た。ああ、面白いなと見
    続けていると、その次にやって来た一筋の雲は金色の大きな卵をくるりと抱いた立派な龍となり、その卵からひとしきり海に雨を降らせた後、色も薄くなった卵を解き放つと、その色と輪郭をくずしながら大急ぎで斜め一直線に、さらに上空の黒い雨雲の中へと昇り、消えて行ったのであった。
    もちろんこの体験は、ある特殊な状況下における幻覚というやつにほかならなく、それはそれでとても美しい光景であり、楽しめるヴィジョンではあった。しかしその映像のリアルさに驚きつつも、さらに「幻覚を観ている」という事実自体に気付き興奮し、楽しんでいた自分があったことを思い出す。

    五感と言われる人間の感覚の中において、情報を取り入れる手段のひとつである
    視覚は特に大きな比重を占めている。ところがその視覚情報にしても、脳は網膜に映った映像をそのままの形としてとらえているわけではなく、幾重ものフィルターと何重もの変換処理を経た後の、いわば再構成された情報を意識に伝えているのである。いろいろなイメージ、メタファーは、脳内でいろいろな角度から分析しなおされ、それを人間は「現実」として認識している不可知論者である俺は、せめて自分が現実に見聞きし体験したものだけは少なくとも信じられると思っていたのに、その「観た事」すら実は全くあてにできなく信用ならないということ、これは、あれほどまでにリアルな幻覚を体験した俺には、非常に素直に受け取れる現実なのである。

    -書評-
    (Aug. 8, 2002)

 

  • 「虹の解体」UNWEAVING THE RAINBOW
    リチャード・ドーキンス著 福岡伸一:訳
    早川書房 ISBN4-15-208341-7


  • タイトルは詩人キーツの言葉に由来する。
    キーツはニュートンを嫌っていた。なぜなら、ニュートンは虹を物理学的に解体し光のスペクトルとして説明してしまったことによって虹の詩的側面を損なってしまったからである、と。

    しかし、むしろそれは逆であるというのが本書の趣旨。
    虹を解体したことによって得られた新しい世界観によってこそ、この地球、この宇宙に対する”センス・オブ・ワンダー”が喚起されるのであり、それが本当の「詩性」の源となるべきものなのだ。
    科学がもたらす、この世界、この宇宙の自然への畏敬の気持ちは、人間が感得しうる至福の経験のひとつであるといえる。
    それは美的な情熱の一形態であり、音楽や詩が我々にもたらすことのできる美と比肩しうるものである。それはまた、人生を意義あるものにする。
    人生が有限であることを自覚するとき、その力はなおさら効果を発揮する。
    (July. 5, 2002)

 

  • 「歴史に目を閉ざすな」(ヴァイツゼッカー日本講演録)
    中日新聞社編 永井清彦訳
    岩波書店 ISBN4-00-002519-8
  • 「ヴァイツゼッカー大統領演説集」
    永井清彦 編訳
    岩波書店 ISBN4-00-000175-2

    語るべき内容のひとかけらも見当たらない、そんな日本の政治と政治家達の言動をずっとずっと見せられ続け、およそ政治というものに興味を持てないでいた私であった。

    そんな私が前ドイツ大統領ヴァイツゼッカー氏の名に巡り会ったのは、ウン十年前のイラン/トルコ国境辺りでのヒッピーバスの道中でのこと。
    インド〜中東〜ヨーロッパを独り放浪旅行していた俺が、道中一緒になったドイツの一青年と共に平和について語り合い、考えていたちょうどその頃、ベルリンの市長としてその荒れた地の若者と懸命に対話をしていたのが、実はこのヴァイツゼッカー氏だったのだな。

    ヴァイマール時代、ヒトラーを任命してしまった折の反省から、戦後より現在の独大統領にはほとんど一切の政治施行権限が与えられていない。
    つまり、「語ること」のみが「象徴」としての現ドイツ大統領の唯一の職務なのだそうだ。

    「Politcian(政治家)は次の選挙を考え、Statesman(同じく”政治家”の意)は次の世代を考える。」とは、19世紀アメリカの神学者の言。
    その点ヴァイツゼッカーは、まともに語るにも恥ずかしい程情けない我が国の政治/政治家にこれまで失望させられ続けて来た俺にとって、初めて出会った、真に尊敬できる「政治家」であったのだ。

    自己の倫理感に忠実に、政治と国の未来に対する真摯な態度の下、推敲を重ね、練りに練った構成で、正確かつ確実な言葉を選び、上からの押し付けではない低い視線で論理的に人々を啓蒙せんとするその言葉の重み。
    けして派手なアジテーションでなく、意を異にする者をも納得させ得る柔らかくしかも力強い論理。
    およそ「理念」などというものから遠くかけ離れ詭弁に満ち満ちた日本の政治家達の「ことば」との、何という違いだろう…。

    当時、日本の全ての新聞が一切報道することの無かった「荒れ野の40年」演説は、リンカーンのゲティスバーグ・スピーチと並び、俺様のバイブルとなった。

    マイ・ブームは当分終わりそうにない。(Sept. 20, 2001)

 

  • 「戦争の記憶」(日本人とドイツ人) WAGES OF GULT ~Memories of War in Germany and Japan~
    インゲ・ブルマ著 石井信平:訳
    TBSブリタニカ ISBN4-484-94123-6

    小泉首相の靖国参拝問題に端を発し、南京虐殺事件や戦後の日本の戦争責任問題、教科書問題についての書籍を読みあさるうちに出会った本書。

    かつての同盟国ドイツの戦後は、ひたすらヒトラー時代の反省そして近隣各国への謝罪と補償を続けてきた50年であった。
    その執拗なまでに深く長い自己への反省は、ドイツ国民の愛国心またアイデンティティそのものに少なからず暗い陰を与えてしまったかもしれない。
    しかし現在のドイツが、東西ドイツ次いでECへとの統合を成し得たのは、その行為あったればこそであったと考える。

    戦争責任の問題、安全保証の問題、軍隊と自衛隊の問題など、日本とドイツに共通の問題は多い。しかしまた安易に同列に並べて比較できるものではないのだが、まるで過去を無かった事のように済まそうとするこの日本国が、国際社会の一員として近隣諸国との正常な関係を持てるようになるのは、このままではまだまだ遠い先という感じがして気が重いのである。
    (Sept. 22, 2001)


  • 「複雑系」(科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち)
    M. Mitchell Wardrop著
    新潮文庫 ISBN4-10-217721-3 C0140

    これからの科学の新しい方向性を探るとともに、あまりにも専門化し過ぎて近視眼的になってしまっている科学研究の世界に一波を投じるべく、異分野でそれぞれ独創的な研究を孤独に行って来た聡明な科学者達を一堂に集め、「複雑系」の科学に焦点をあて研究することに始まった、「サンタフェ研究所」という名前のワークショップ/あるいはある種のコミュニティ/についてのドキュメントである。

    「複雑系」は、カオス理論、フラクタル理論など非線形力学を取り扱うものの延長上に位置する新しい学問であるが、車交通に於ける渋滞の理論、流体力学、経済学、政治/社会学、生命の誕生に係わる生物学、遺伝学、人工生命の研究、ゲーム理論、ニューラルネットワーク、エコロジーなど、その内包または関係する分野は驚く程幅広い。

    物理科学者を自称する俺なわけだが、趣味が「『宇宙論と量子物理学の研究』の研究」(そのものを研究しているわけではなくて、「研究」の研究だ!)だというだけで、もちろんズブズブの素人。
    ゆえに専門的な知識などたいして持ち合わせているわけも無いのだが、研究の成果の有る無しが生活に影響を及ぼすわけも無いお気楽な立場なわけで、興味の向いたことには何でも首を突っ込める。
    一応の専攻(?)は量子力学ならびに宇宙論なのだが、最近の興味はこの「複雑系」なる科学分野なのである。
    俺には野次馬根性というものはまるでないのだが、気の散り易い性格なのかすぐに新しい事に目移りがしてついついいろんなことをやってしまうのだな。
    なもんで、一種の職人であった俺の親父からは「器用貧乏」などと悪口を言われる始末さ。
    しかし、アルキメデスやガリレオの時代ならともかく、今こそ博物学が必要とされる時代であると俺は考えるのだ。
    俺の敬愛する科学者であるライアル・ワトソンやカール・セイガンなども、ある種、博物学者であると言えるかも知れない視野の広さを備えた方々であった。

    実は、この本を読み初めて、何かデジャ・ヴ(既視感・既知感)のような思いと共に、「うん!!そうだ!そうなんだよ!」と叫ばずにはいられない事に何度も出逢った。

    自分でも、うまく説明できないのだが、今の俺がたまたま現在の自分の仕事について再考、再確認をしているような状況や、形こそいろいろ違えども今まで俺が(ある1つの共通した理念の元に)やって来た事や、同じ考え/同じ意見/同じ見方をしている人々に出逢って、「ああ、やっぱり俺は間違っていなかったのだ」と安堵する気持ちなど、このサンタフェ研究所を造るにあたっての理念やその経緯など、多くの事柄に共通点を感じてしまったのである。
    それについては、自分でも(「確信」に近いものになって来ているが)具体的にはよくわからないことではあるのだが、厄年を過ぎて(?多分…というか、もともとあんまりそー ゆーことは考えないタチ。)ようやく停滞していたジレンマの時期を越えようとしている気がして、何か新しい展開が始まる様な予感のする二十世紀最後の週なのであった。(Dec.30, 2000)

 

  • 「アースとベタパターン」(こうすればノイズに強い電子機器ができる)
    伊藤健一著
    日刊工業新聞社 ISBN4-526-03543-2

    此所で紹介するのもどうかと思う(笑)全くベタベタの専門書であるのだが、なんと本書は「アースシリーズ」の第14弾ということで、それだけ長く広く(かどうかは知らんが)その筋の方達に読まれているということね。
    本書の内容は、電子回路のプリント基板のプリントパターンに於いてアースパターンばかりを太くしてもダメで、不要輻射対策としては同時に電源Vccラインのパターンも広くとることにより、要はその二者の間のストレートキャパシティをパスコンとして使いなさい、ということである。と書いても誰もワカランだろな(笑)。
    この俺にしたって回路技術者でもなんでもないし、こんな本読んでおもしろがってもナンニモならんのだが、それを云っちゃあ量子物理学の研究にしたって同じことだからな。ま、いいか。
    ところで一般的に、NPNトランジスタの基本的な増幅回路に於いては、通常コレクタ側Vcc-アース間、エミッタ-アース間にパスコンが置かれているのが常なのだが、実はこれらをパスコンでアースに落とすことには
    全く意味が無く、それどころかその2つのパスコンをひとつにまとめてしまっても問題無いのだという説明は、正に「目からウロコ」であった。
    しかもこれを、オシッコが海に流れ込んで蒸発して雨になり飲み水に替わってまた飲む(笑)ことに例えて説明しているところなどサイコ−!
    つまり、オシッコはアースに流さず、直接口つけて飲めと!(爆)

    ますますもってワカランって?いや!ゴメン!!(Oct.25, 2000)

 

  • 「科学的好奇心の現在」(Mysteries of Life and the Universe)
    Harold Wright, D.H.Freedman, Michio Kaku, James Gorman, Douglas R.Hofstadter他
    白揚社 ISBN4-8269-0062-7

    「誰もそれを聴く者がいない時、森に倒れる木は音をたてるだろうか?」という人間原理に関する有名な命題がある。
    わかっているだけで150億年程という長い時間と拡がりを持つこの大きな宇宙に於いて、たかだかあと数百万年かそこらの寿命しかないちっぽけな太陽系。赤色巨星となった太陽が地球を飲み込む頃、人類がまだどこかに存続し得ているのかはわからぬが、それでもこの宇宙のどこかで木は倒れ、大きな音を森に響かせているにちがいない。
    何度も私が強調するように、科学とは、人間が自らの属するその世界の表象、あるいは「真理」と称されるものを、「人間の知性」という限界を知りつつ真摯に理性的かつ謙虚な姿勢で論理的に把握せんとする内省的な行為である。その科学が求める目的とは、単に「人類の繁栄、存続の為」といった当然のような帰結さえも超越したところにある様な気がする。
    その「科学を追求する者達」の多くの心の内を占め支え奮いたたせるものは、隣人愛や崇高な使命感、正義感やおもいやり、いや、なによりも彼等個人々々の純粋な知的好奇心であると思うのだ。
    全米最大の飢餓救援基金、SOS(Share Our Strength)の資金の為に寄贈された、最前線で活躍する多数の科学者、サイエンスライター達によるエッセイ集が本書である。
    各専門分野の研究内容の面白さ興味深さはもとより、各人三者三様な独特な切り口がたっぷり楽しめる。(Apr.21, 2000)

     

  • 「宇宙論講議」
    佐藤勝彦 著  Z会ペブル選書 ISBN4-87915-290-0

    著者は1981年に発表された「インフレーション理論」の提唱者のひとり。対談形式で文系人間向きにわかりやすく最新の宇宙論を説いている(つったって、依然としてよくわかんねーんだけどね)。
    インフレーション理論は大統一理論(GUT)を元にして宇宙の始まりの頃の様子を解きあかし、ビッグバンモデルに欠けていた部分を理論的に補強した。GUT自体は実験観測による実証が困難な理論であるが、1992年の大発見(左の写真:COBEによる3度K宇宙背景放射のゆらぎの観測結果)はビッグバン理論をさらにゆるぎないものとしたと同時に、インフレーション理論の予測とも一致した結果を示しているのだ(そうだ)。(Mar.28, 2000)

 

  • 「世紀末リーダー外伝 たけし!」
    島袋光年 著  集英社ジャンプ・コミックス ISBN4-08-872533-6

    このページ初登場のマンガ! かなりクダラナくて画もあまりウマクない上に暴力描写は多いし(特に「世紀末リーダー伝」のほう)主人公のキャラクタもかなり濃い(笑)。しかしその内容は、マジ感動もの!(注:俺にとっては)
    7歳にして胸毛と脇毛と電気剃刀の歯もこぼれる鋼の無精髭を生やす、リーダー的存在「たけし」が貫く愛と正義と勇気の物語りだ!かなり笑えたぜ。これは息子からとりあげた。んが〜、第9巻抜けてら。読みてぇ〜。(Oct.30, 1999)

  • 「リンカーンの三分間」(Lincoln At Gettysburg)
    Garry Wills 著  共同通信社 ISBN4-7641-0335-4

    「人民の人民による人民のための政治…」で有名なゲティスバーグ・スピーチ(敢えて「演説」とは云わない)が、いかにアメリカ合衆国を、そして世界を変えたかについて書かれた、1993年のピューリッツァー賞受賞作品。このわずか272語の文章は、英語の授業に於いて全文を暗唱することを条件に、社会科の期末試験の点数に15点が追加されるという英語&社会科教師の連携プレー的密約により、高校時代の私に多大なる恩恵をもたらせた。そんなこたぁどうでも良いが、リンカーンの「ことば」に対する類稀なるセンスの良さと、その背後にある崇高な理念に、当時の私は、いたく感銘をうけたもんだ。そんなことを思いだしながら本書のページをめくった。(Feb.21, 1999)

  • 「ハッブル望遠鏡が見た宇宙」
    野本陽代、R. Williams 著  岩波新書 ISBN4-00-430499-7

    ハッブル宇宙望遠鏡(HST)が打ち上げられて、早9年になろうとしている。当初の設計ミスや事故、故障等の苦難の時期を経て、このところ、HSTの成果が続々と公開されているのです。特にわしが興味あるのはHDFと呼ばれる、地球から観測できる最も遠い深宇宙の映像(このページのバックグラウンドイメージがそれ)。ハッブル、万歳。テクノロジー、万歳。宇宙のロマン、万歳(Feb.18, 1999)

  • 「星々の揺籃」(Cradle)
    Arthur C. Clarke and Gentry Lee 著  早川書房 ISBN4-15-011218-5

    ここの書評欄でSF小説を紹介するのは初めてだな。本書は私の敬愛するSF界の大御所、A.C.クラークとNASA(JPLだったかな?)の現役エンジニア/プロデューサーでもある、G.リーのコンビによる最初の作品であります。このコンビには「宇宙のランデブー」三部作という、素晴しい作品がありますが、人間の描写にあまり重きを置かないA.C.クラーク(そこが私はとても好きだったりするけど)に、作家としては無名のG.リーの豊かなストーリー・テラー性(特にやたらに多いSex描写!わはは。)が加わり、エンターテインメント性充分の作品に仕上がってます。
    ここでわざわざ本書を取り上げたのは、最後に主人公の一人が結論する「人生の目標」に対する信念に共感を覚え励まされたから。A.Cクラークの熱烈なマニアには、ちょっとあてが外れた内容かもしれないけどね。(Feb.1, 1999)

  • 「時間について」(About Time)
    Paul Davies 著 (林一訳)  早川書房 ISBN4-15-208063-9

    アインシュタインの相対性理論が時間の理解についての革命を引き起こしてから一世紀になろうとしているが、その帰結はまだ充分に理解しつくされていない。また、この理論の深層に大きな限界が潜んでいることを暗示する深刻な問題もある。宇宙の年齢に関する食い違いと、アインシュタインの時間を量子物理学と統合する上での障害である。しかし、もっと始末が悪いのは、アインシュタインの時間と、われわれ人間の経験している時間が深刻に対立していることであろう。この問題についての解明を「宇宙最後の3分間」の著者が試みたのが本書である。が、本書を読み終えた読者は、前よりも一層混乱していることだろう。なにしろまえがきにもある通り、本書を書き終えた著者自身も、前よりも一層混乱してしまったというのだから!訳者あとがきが、これまた面白いよ。(Jan.23, 1999)

  • 「物理学のすすめ」(The Problems Of Physics)
    Anthony J. Leggett 著  紀伊国屋書店 ISBN4-3314-00539-4

    邦題は「物理学のすすめ」となっているが、これは訳者も認めるとおりの異訳で、正確には「物理学における諸問題」である。現在の物理学、その中でも得に、素粒子物理、宇宙論、物性物理、及び「基礎にかかわる問題」に於いてまだ解っていない事項、研究中、あるいはこれから研究されねばならぬ事項について描かれたものであります。
    前述(注!:このページは新たに読まれた順に書かれているので、前述とはこの下の項目です)の「ビッグバンはなかった」の著者は、現在の宇宙論の大勢を占める「膨張宇宙論」による悲観的な姿勢を嘆いていたが、この本は、その様なペシミズムに対しての反論にもなっている。すなわち、「熱的死」を最終的段階とする宇宙においてさえ、科学の進歩、科学的思考概念の進歩には、まだまだ未開拓でパラダイムシフトを成すべき事項が存りうるということを、科学者らしい論理的かつ謙虚な姿勢で述べているのであります。(Oct.13, 1998)

  • 「ビッグバンはなかった」(The Big Bang Never Happened)
    Eric J. Lerner 著  河出書房新社 ISBN4-309-20196-2

    わしは、ある説に対しては必ずその反対意見にも耳を傾けるようにしている。そこで、その類の本もここで紹介しよう。現在の大勢を占める科学理論であるところの量子力学と膨張宇宙論を基とするビッグバン理論に対して、プラズマ理論を持って、真っ向からの戦いを挑んだ本であります。
    偏見を承知で言わせてもらえば、とかくプラズマ研究者は、何でも全てをプラズマで説明しようとするところがある様に思うんですけど…。この本においても、少々論理が強引な部分もあるが、全体的には、なかなか興味深い内容であります。特に、膨張宇宙論イコール、ペシミズムとする意見はともかくとしても、今日の社会の不合理を、建設的な目的意識によって改革しようと提唱する著者の態度、思想には同意するところであります。(Oct.9, 1998)

  • 「宇宙が始まるとき」(The Origin of The Universe)
    John D. Barrow 著  草思社 ISBN4-7942-0684-4

    現代の宇宙論の到達点をきわめて平易に明快に解説した好著。

  • 「物理法則はいかにして発見されたか」(The Chracter Of Physical Law)
    Richard P.Feynman 著  ダイヤモンド社 ISBN4-621-03963-6

    ファインマン教授による、コーネル大学での講演(1964年)とノーベル賞受賞講演(1965年)。彼は難解な量子力学という分野の科学における第一人者の一人であるが、科学というものの考え方を一般の人にもわかりやすく表現することに定評があるのです。下記の「量子のミステリー」にも登場する、量子のとる行動に関するパラドックスについても、氏はこの講演でわかりやすく簡単なことばでそれを表わしている。おすすめ。

  • 「量子のミステリー」(Boojums All The Way Through)
    N. David Mermin 著  丸善株式会社 ISBN4-621-03963-6

    著者はコーネル大学教授、物性理論の専門家。量子論はきわめて成功した理論であり、実際的な予測や数学的応用について非常に有効である。しかし、「なぜそれが答えでありうるのか?」という点について量子論はこたえようとしない。アインシュタイン/ポドルスキー/ローゼンの思考実験等を考えるとき、あまりに現実離れしたその概念に、わたしの頭はぐるぐるとめまいをおこし、意識は暗い奈落の果てに落ちこんでゆこうとする。ともすれば、安易に哲学的な解釈に逃れようとするところを著者はぐっとこらえ、冷静かつ謙遜な科学者の思考で量子のふるまいの謎を語る。これにくらべりゃ、時間の始まりや宇宙の大きさなんてえことに思いをめぐらすのは、実に簡単に思えるね。
    量子論、むつかしい、おもしろい!

  • 「ファインマン物理学」(the Feynman LECTURES ON PHYSICS)全5巻
    Richard P.Feynman / Robert B.Leighton / Matthew Sands 著
    岩波書店 ISBN4-00-007712-0, 4-00-007713-9など

    リチャード・ファインマンによる物理学入門の最高の教科書。一家に一冊常備のオススメ!(なわけないって)

  • 「神がつくった究極の素粒子」 上・下巻
    Leon Lederman 著 草思社 ISBN4-7942-0779-4

    1980年代のフェルミラボ(国立加速器研究所)所長がおもしろおかしく語る、実験物理学者からみた素粒子の解説本。著者はガモフ、ファインマンを超えるユーモアの持ち主。フェルミラボでは「笑う所長」の異名を持っていたそうな。
    よし、この本があればおれにも加速器がつくれるな。

  • 宇宙論博物史「銀河の時代」(COMING OF AGE IN THE MILKY WAY )
    Timothy Ferris 著 工作舎 ISBN4-87502-201-8

    天文学、物理学はもとより、哲学、宗教など人類の全知性にかかわる宇宙論の集大成。著者はたいへんに幅広い教養の持ち主らしく、参考図書の数は莫大であるよ。ちなみに訳者の野本陽代氏は、この本の他、後述の「時間の矢、生命の矢」をはじめ私が気に入った本の多くを訳しておられることに最近気がついた。

  • 「宇宙を見つめる人たち」(THE ASTRONOMERS)
    Donald Goldsmith 著 新潮文庫 ISBN4-10-241601-3

    この数年ほどの間、ずっとトイレに置いといて繰り返し読んだ本。私の天体物理、量子物理学、宇宙論への傾倒はこの本によって開花させられたといえる。
    これは、図書館から借りっぱなしではまずいので、買った。すこし、臭う、かもしれない。

  • 「カール・セーガン 科学と悪霊を語る」 (THE DEMON-HAUNTED WORLD)
    Carl Sagan 著 新潮社 ISBN4-10-519203-5

    生前に刊行された最後の本。カール・セーガンも年とって怒りっぽくなったか?
    前作「サイエンス・アドベンチャー」(BROCA'S BRAIN: Reflection on the Romance of Science)でも似非科学に対する攻撃にその四分の一を割いていたが、ここで彼は全ての似非科学及び反科学を明快に否定して、それらに惑わされる人々を啓蒙しようとし、私の考えるところの「正しい科学者」像をもって、科学について、教育について、そして人間についての真摯な考えを述べているよ。
    カール・セーガンという人はその実業家的な政治手腕(?)と行動力から、山師みたいに一部から思われてたみたいだが、ライアル・ワトソンと並び、人類の未来のために科学の啓蒙に励む真摯な博物学者の一人として私は尊敬している。あまりにも専門化しすぎた現在の科学界において、この人のような存在は有意義。
    この著作で彼は、アメリカにおける科学の基礎研究力の低下、基礎教育における質の低下に対してかなりの悲壮感をもって警告している(地球外知的生命の探索で知られるSETI計画の挫折も近視眼的な政治家の無知によるものだし、アメリカではファンダメンタリズム系の教会<進化論を否定してる>が力をもってる州も多いのだ)が、われわれとしてもこのようなアメリカの状況を他山の石としなければいけない。
    日本においても、人の無知につけ込む詐欺商法やオウムなどが社会現象となる現在、私もそれらに対し毎日のように腹をたててるじじいになっておるのぢゃ。志を同じくする科学者として、敬意を表しつつ、その内容を
    パクらせていただく。(・おいおい。)
    本書は、現在の政治、教育界を牛耳っている方々から、次の世代の担い手である若い人までのあらゆる人々に是非読んでいただきたい。(Feb.3, 1998)

  • 「ナノテクの楽園」
    Ed Regis 著 工作社 ISBN4-87502-280-8

    ここにKim Eric Drexler博士をご紹介することができるのは、私の喜びであります。博士は私の唱える「ハイテク・ローテク」そのものであるかのような研究をなさっておいでです。詳しくは本読んでね。

  • 「時間の矢、生命の矢」
    Peter Covney and Roger Highfield 著 草思社 ISBN4-7942-0584-8

    ニュートン力学から相対性理論、量子力学、熱力学、進化論、カオス理論にまで及ぶ、物理、化学、生物学からのアプローチで時間の方向性という問題について考察する力作であります。翻訳は野本陽代氏。

  • 「科学は錯覚である」
    池田清彦 著 宝島社 ISBN4-7966-0637-8

    著者は山梨大学の生物学の先生ですが、生物学的構造主義に基づく多元主義を唱えており、差別問題に対するご意見と共にその明確なロジックに私はたいへん共感を覚えます。池田先生にエールを送りたい。

  • 「自然界における左と右」(The New Ambidextrous Universe)
    Martin Gardner 著 紀伊国屋書店 ISBN4-314-00576-9

    ここ数年で私の読んだ本の中でも、だんとつにおもしろかった! 「左と右」というとても身近かつ深遠な概念を、鏡に写る像の左右から、アミノ酸やタンパク質のらせん構造の向き、パリティ保存の法則の破綻、「時間の矢」へと、あらゆる分野の科学を通して考察する。素粒子から宇宙の大規模構造までをひもパンティーやらふんどしで説明しようとする「スーパーストリングス理論」にまで話しをもっていっちゃったのはちょいやりすぎと思うが、お勧めの一冊であります。(Oct. 20,1997)

 


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