とくに政治と宗教の分野においては、論理のすり替えや認識の誤解が多くみられる。
(以下の命題の多くは一部を除き、Carl Sagan 著 "The
Demon-Haunted World"第12章「トンデモ話を見破る技術」よりの引用です)
いいか、よーく考えろよ!
モ これはすぐに気が付いて、笑っちゃってくださいね。できれば。
モ どうつながるんだ? アメリカには多いんだよな、こういうやつ。あぶない、アブナイ。
モ おいおい、時期が同じなだけだろが?
モ 私の知り合いはというと、たしかにへんなやつばっかしなんだが…
モ ふーん。なら、おんなじ言い方で、UFO飛来の証拠についても言ってみなっての!
モ え?そうなの?いやあ〜〜ん。
モ はからずもこの3つの質問とその答えは、当時中坊だった私が母校のカトリック研究会で経験したものとよく似ている。しかし、宗教との関わりあいは比較的長く多い私なのであるが、彼等似非宗教人の口からは、このような情けない「はぐらかし」以上の納得し得る答えを得られた試しがないんだな。
っていうか、ちゃんと答えろよな!ったく(笑)。
オーケー! 確かにおれたち音楽家ってえ人種には変な奴らが多くいるんだが、どうして科学者の世界もなかなかのようだ。
じゃあ、ここいらで、その、科学者にまつわるヨタ話し、ホラ話しの類、そして素晴しい話しなどをいろいろと集めてみることにしよう。
「それではこんな仮定をしてみましょう」とフェルミは話しだした。「偉大な大将などというものはなくて、すべての軍は同じぐらい優秀で、戦闘に勝つかどうかは単に偶然の問題だとしましょう。そうだとすると、一つの戦闘に勝つ確率は二分の一です。二回戦闘に勝つ確率は四分の一。三回なら八分の一。四回なら十六分の一で、五回勝つ確率は三十二分の一になります。三十二分の一というのは、およそ3パーセントですね。つまりアメリカの大将の3パーセントほどは、偶然だけのおかげで5回の戦闘に勝てるというわけです。さて、10回の戦闘に立て続けに勝った大将はいますか?」
フェルミ・ラボの巨大なコライダー(円形粒子加速衝突実験装置)は10平方哩の土地に2億5000万ドルという大金を投じて造られた。自由な科学研究の熱烈な唱道者であるウィルソンは、その建設に必要な金を集めるために、しばしば議会で説明を求められた。
この計画に懐疑的であったロードアイランド州選出上院議員、ジョン・パスターはこう尋ねた。
「いったい、この加速器はなんらかの形でわが国の防衛に役立つのでしょうか?」
「いいえ。そのようなことはないと存じます。」と、ウィルソンは答えた。
「まったく何も?」
「まったく、何も。」
「すると、そのリスペクト(点)では、全然価値がないんですね?」
「加速器が関係するリスペクト(点)といえば、それはわれわれがお互いにリスペクト(敬意)をもって相手に対することであり、それは人間の尊厳、われわれの文化に対する愛です。私たちが立派な画家とか、立派な彫刻家とか、偉大な詩人とかであるかどうか、ということにこそ関係があるのです。…加速器はわが国の防衛に、直接には何の関わりも持ちませんが、わが国を守るだけの価値のあるものにするという点では関係があります。…」
これは、CERNのライバル、フェルミラボ所長レオン・レーダーマンによるところの、カルロ・ルビアの豪傑ぶりを表わすつくり話しだ。ストックホルムのノーベル賞受賞式で、オラフ国王はルビアをわきに呼んで、困ったことになった、といった。国王の説明によると、ちょっとした手違いで今年のメダルはひとつしか用意できていないという。だれが金メダルを手にするか決めるため、国王は大胆な課題を3つ考え、それを参列者からよく見える広場に張った3つのテントに仕組んだ。ひとつめのテントには、ブルガリアの解体を促進した飲み物である高アルコール度のスリヴォヴィッツが4リットルある、とルビアはいわれた。それを20秒間で全部飲み干せ! もうひとつのテントにはゴリラが一頭いる。このゴリラは3日間えさをもらっておらず、奥歯の親知らずが埋伏して苦しんでいる。課題は、その痛んでいる歯を抜くこと。制限時間は40秒。最後のテントには、イラク軍ぴかいちの高級娼婦が一人隠れている。課題は、彼女を完璧に満足させること。制限時間60秒。
スタートのピストル音と同時に、ルビアはひとつめのテントに飛び込んだ。ごくごくという音がみんなの耳にとどき、18.6秒後には、空になったスリヴォヴィッツの一リットルびん4本がこれみよがしに差し出された。
物語りの主人公ルビアは息つくひまもなく、ふらふらと2つめのテントに入っていった。ものすごく大きな、耳をつんざくようなゴリラの叫び声がみんなに聞こえて、急に静かになった。39.1秒後にルビアはよろめきながら出てきて、なおも自信満々に、こう尋ねた。「オーケー。最後の歯痛のゴリラはどこだ?」
50年代初期にコロンビアで開かれたセミナーで二人が基本粒子の新しい統一理論を発表したときのこと。
(調査中)二人のとても優雅な円舞の話しなんだけど、何で読んだんだったか出典が思い出せない。(調査中)
この時、パウリがこの理論の難解さについてと自ら告白した直後の、ボーア(傍聴席にいた)の発言は有名だ。「この理論のまずいところは、まださほどきちがいじみていないことだ。」
ボーアにしてみれば、物理学にとってもとても重要なこの問題に対する新しく画期的な新理論としては、まだまだ「キチガイ度」が足りないというわけなんだな。
アメリカの誇る、ハーバード大学、そしてM.I.T.(マサチューセッツ工科大学)といった超優秀な大学を2つも擁するケンブリッジの、とあるスーパー・マーケットでのお話し。
スーパーには「お買い上げ品6点以下」という看板のかかった、「お急ぎの方専用」レジがある。
そのレジに10点ばかりの商品をカゴにいれて並べば、レジ係はこんな怒鳴り声をあげるという。「あんた、文字が読めないところをみるとMITかい?それともハーバードの学生で数が数えられないのかね?」
物理学者は、理論物理学者と実験物理学者に大きく二分される。一般的に理論物理学者には不器用な人が多く、学生時代の実習でも実験装置をこわしたり事故を起こしたりする人が多かったという。(若き日のアインシュタインしかり)
(調査中)(うーん…これもどの本で読んだのか思い出せないんだ。)(調査中)
トゥナイト・ショウでのジェイ・リーノのジョークだ。
「昨日、3人の物理学者がノーベル賞を受賞した。宇宙最小の物体を発見したからだ。ところがそれはデニーズのステーキだということが判明した。」
1984年、スティーヴン・ワインバーグがハーバードに弦理論の集中講義にやってきた。ジョージャイは、講義の前に黒板に次のような5行詩を書いて歓迎した。
スティーヴン・ワインバーグ、テキサスより戻り
次元をどっさりもってきた。僕らをこまらせようと。
だけど余分の次元はみんなそろって、まるまって
ちっちゃなひとつのボールになってる。
これなら僕らにゃ何の影響もないさ。
マンハッタンの地下鉄IRT線で、ある年配の男性が、自分の読んでいた教科書にでてきた初歩の微積分の問題がわからず四苦八苦したすえ、破れかぶれになって隣席の他人に質問した。微積分はわかりますか?と。すると、この見ず知らずの中国人はうなずき、親切にも問題を解いてやったという。
モ 心あたたまる、いい話だにゃぁ。
こちらは、シカゴ発の混雑した通勤電車内でのこと。地元の精神病院の患者の一団が看護婦に引率されて乗り込んできた。患者たちがレオンのまわりに立ち、看護婦は患者を数え始めた。「1、2、3…」彼女はレオンを見た。「だれだったかしら?」
「レオン・レーダーマンです。ノーベル賞をもらった、フェルミラボ所長の」
彼女は私を指差し、悲しそうな顔をして数え続けた。「そうね、4、5、6…」
あなたは処女地を耕した
私がしたのは花を摘んだだけこれに答えてプランク
君は花を摘んだ__私も摘んだ
ではそれらをつなごうではないか
美しい花を互いにやりとりして
輝く花輪を創ろうではないかうーん、素晴しきかな、このひとたち・・・
J・JとG・Pの親子の情愛は、二人の交わしたあたたかい書簡によくあらわれている。
なかでもとくに感情のこもった手紙の中で、 G・Pはこう記している――大好きなお父さんへ
ABCを三辺とする球面三角形があると仮定し……
[ このあと同じようなことがびっしり3ページにわたって続く ]あなたの息子のジョージより
理論家の多くは、二十代のうちに最良の仕事を完成し、知的には三十代で引退して物理学会の「長老」となる。
物理学の世界に一瞬きらりと輝くこの流星現象は、ことに量子論の全盛期にはよく見られ、当時のディラック、ハイゼンベルク、パウリ、ボーアといった学者はみな、きわめて若いころにその代表的理論をうちたてている。それにしてもさすが彼等天才たちの早熟・神童ぶりには、なかなか大したものがあるな。
ディラックやハイゼンベルクがノーベル賞をもらいにストックホルムを訪れたときなんか、どちらも母親がついていったというほどさ。(実話)
(ディラックは無口で有名だったが、以下に紹介する質問のおかげで、いっそうそうなったという。)
記者は尋ねた。 「さて博士、あなたの研究の内幕を一言で教えていただけますか?」
ディラック 「ノー」
記者 「ではこのように言ったら正しいですか。ディラック教授は数理物理学のすべての問題は解けるが、ベーブ・ルースの平均打率を算出するよりよい方法を考え出すことはできない。と」
ディラック 「イエス」
記者 「アメリカでいちばん好きなものは何ですか?」
ディラック 「ポテト」
−識者(色者?)による解説−
歴史 : 旧ブワンガ王国は、東ゴンドワナ大陸ブワンガジ高原(現在の戸塚〜平塚近辺)における板倉文明国家として紀元前3世紀ごろまで栄えました。オスマンコトル帝国による侵略、オランダおよび大英帝国と続く長い植民地統治時代を経た後、第三次世界民族再編闘争による民主主義的王族制の復活を機に、目出度く南ブワンガジ共和国(正式には『南南西ブワンガジジぢジち自治共和国』以下、ブワンガジと略)として独立を果たします。昭和62年のことでした。
人種・言語 : 第一共通言語はなぜか日本語。準公用語として英語、年配の世代では古代ブワンガ語(「〜じゃん」とか)も話されます。使用される文字はもちろん、ブワンガ字。で、国民の99.8%はブワンガ人(うち半数以上は東京都民。残りはメキシコ系インド人、島根県民、大分県人などのマイノリティ)。標準時は?もちろんブワンガ時を採用。
宗教 : ブワンガジはボコノン教(カート・ヴォネガット・Jr.「プレイヤー・ピアノ」参照のこと)の影響を強く受けているものと思われますが、ボコノン教の特徴どおり、公的にはその国教の存在を肯定するものは皆無。
政治 : 現在のブワンガジ共和国は一応象徴的君主を擁する議会制民主主義国家ではありますが、宗教法人と政治家に対して最も重い税制を課し、その利権的活動を封じている点が特筆すべきところです。これにより、同国の政治は実質的にボランティア達のみによる運営となり、このシステムは権力による富の集中と腐敗を完全に防止する試みとしてこの上なく有効であることが証明されようとしております。
もっともこのシステム、他のどの国の政府においても一向に採用しようとする気配がありません。
「国民の象徴」ならぬ「国民の規範」とされる同国の国王もやはり世襲制ではなく、16歳未満あるいは70歳以上の「非利益知識層」国民により構成される監督機構であるところの「オンブズマン」及び「ダッコマン」の承認によって国民の中から無理やり推薦・選出され、不承不承引き受けるといった風であります。ブワンガジの国王は、現ドイツ共和国大統領にも似て同国憲法により政治・経済活動に関わることを禁じられており、主に演説と親善外交および演奏と録音、作曲、編曲のみを担当します。また同国王は、同国の類稀なる憲法精神の現われとして「最も貧しく、最も豊かな者」を意味する古代ブワンガ語の称号「Saitoh
Neko」と呼ばれ、広く国民から愛され親しまれる存在であります。
経済 : まったく、ダメ。に決まってんじゃん。
社会 : ブワンガジでは広い意味での人種混合が盛んで、ブワンガジの国民を構成する、俗に云われるところの「ブワンガ人」は、けして人種的な分類を指すわけではなく、国民の意識と誇りもその多くは民族的なそれよりも自分達の造り上げたシステムとしての社会に強く向けられています。
またブワンガジは教育に対して大変熱心で、特に物理科学の啓蒙と音楽・美術など芸術に力を注いでいるとして世界中の注目を集めております。(だ、そうだ。正確には「だっふんだ」。)
上・写真 : 朝もや煙るブワンガジ高原にて、正装で仲良く記念撮影に応じる Killing
Time のメンバー。右より板倉文、Ma*To、清水一登、そして左端の汚い土人は現ブワンガジ国王・斎藤ネコ。 (「SKIP」裏ジャケより勝手に拝借)
Apr. 1,1998
モ (一応、全く不本意ながら、念のため断わっておきますけれど、この項には実際に存在しない事柄が数多く含まれているかもしれません。)
since Jan.31, 2003