一昔前、パンク・ロックなるものが巷に登場した時、俺自身は「何か正直じゃないな」みたいな勘が働いて、実のところ嫌いだった。しばらくしてその波が日本にも及ぶにつれ、俺の嫌パンク感は一層強まった。ちょっと煽られただけでもうこのザマかよ、困った奴!!そんなのばっかりだったと思う。
そんな有象無象のシーンの中にあってキチンと "音楽"
も演ってた数少ないバンドのひとつにチャクラがあった。こいつには驚いた。パンクの狂暴性を順守かつ利用しつつ、一見エネルギッシュでノイジーな音を響かせ世間様にご迷惑をおかけしながらも、よくよく聞くとその裏では変拍子や不協和音を意識的に順不同に織り込んだ、もう画期的なイノベーション・ロックの実を持ちあわせていた。人間が日常的に指向しない論理上からのみ導き出される音構築を、ムリヤリ人の耳に叩き込む術をパンクからしっかりかすめ取り、しかしその本質は極めて音楽的教養の高いプログレッシヴ・ロックだったのである。メイン・パフォーマーだった紅一点、小川美潮の休息によりチャクラは解散してしまったけれど、パンクが一段落したところで、そのコンセプトをより純音楽的なものへ修整しつつ、より探求心を現わにすることを目的に板倉文が新たにスタートさせたプロジェクト、それがこのキリングタイムなのである。
"ひまつぶし"
というグループ名は、仕事とは別の知的好奇心を持ち寄る場、みたいなアーティスティックなニュアンスを醸し出すには絶好のネーミングだと思う。活動開始以来5年目にしてとうとう完成した初のフル・アルバムには当然のこと、余計な意味性であるとか、思わせぶりなくすぐりであるとか、そういうポピュラー性を感じさせるものは一切無い。ここに展開されているものは一言、すべてのしがらみから解放された「音楽の自由」。これだけの音世界を現実のものにする為には、演奏技術や音楽教養だけでなく、場のコーディネイトにも相当の労力が費やされただろう。それを成し遂げる為にこそ、板倉文は敢えてこのグループ
"ひまつぶし"
という無理強いのかからないスタンスをとり続けたのだろうし、結果としてレコード・デビューまでに何年もの時間を労してしまったが、この研ぎすまされた審美眼は確実に時間の流れなぞ凌駕している。音楽とは元来瞬間芸術であるが、それは時流という空気の流れとは、ハッキリ遊離しているということの裏返しの証明なのだ。このアルバムはこの先ずっと、生まれたままの姿で輝き続けるだろう。"聞く意思"
が蘇る。
(小池清彦) ロッキンオンジャパン
既製の音楽に対する嫌悪感が彼らを常にユニークな音楽の地平へと押し進めていくようなところがとても気に入っているのだが、このアルバムでは、そうした姿勢とともにユニットとしての柔軟性がグッと増してきた。
Adlive
相変わらず<親切>からは最も遠いバンドだけど、必要以上に親切な音楽にうんざりしているぼくらにはこの冷たさが嬉しかったりする。
宝島
説明になりにくい変幻自在なサウンドが、でもどっかBGM化を拒否するような毒気を感じさせるあたり、手ごたえも十分。
FM STATION
美しいアンサンブル、ここちよいアレンジ、穏やかなテンポに見え隠れする変拍子……ベテランの実力といおうか、大人の余裕というべきか。
R&R NEWS MAKER
ヴァン・ダイクが来日して大いに心乱された直後なので特に関連づけて言えば、キリング・タイムはとっくにディスカバー・エイジアを超えて今日に至る。
TECHII
圧巻はやはり5つのパートからなるタイトル曲「IRENE」。各パートにそれぞれ違うゲスト・ボーカル(大沢誉志幸、サンディー、小川美潮……と、これまた個性的な顔ぶれですな)を迎え、英語、ハワイの現地語、インドネシア語(!)、アラビア語(!!)等による歌がフィーチャーされるというとんでもない代物だが、Killing Timeの "とらえどころのなさ" を知るには最適だ。
Keyboard Magazine
別に難しいことは何もやっていない。いや、もちろん技術的には難しいこともやっているのだが、聴き手にとっては少しも難しくはない。
IND's
キリング・タイムはアブナイ集団である。
週間・FM
CDだから生きるパーカッション類や生楽器の微妙で独特の絡みも聞きものだ。それも、聞き込むほどに、ホログラフィのように姿の輪郭を変える。
BANDやろうぜ
シンプジャーナル
ぴあ
リラックスして聴こうとすると細かい音が神経をくすぐり、音を分析して聴こうとすると気持ち良くウットリしてしまう。
シティーロード
Fool's Mate
BRUTUS
What's In
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